暇な時に見るブログ

映画やアニメ、本、ライブ、ニュース等の感想や考察を自由に書いていくブログです。

東のエデン 感想

*ネタバレが嫌な方は読まないでください。

  東のエデンは2009年にノイタミナ枠で放送されたオリジナルアニメです。分類は近未来SFですかね。個人的に歴代好きなアニメの中で1.2位を争うくらい好きです。そんな東のエデンの魅力を書いていきます。

 

 1.先の読めない展開

 2.主人公が魅力的

 3.現代社会の問題の痛い所をついてくる

 

1.先の読めない展開

 東のエデンは原作のない、オリジナルアニメです。その為、誰も続きが分かりません。そうなんです、先の展開は想像するしかないのです。だからなのか見ていると体感時間が本当に短いです。始まったと思ったらもう終わりなの⁈続きはよ、という気持ちにさせてくれます。12人のセレソン、サポーターの正体、マネーゲームを初めた人物、滝沢朗の正体、誰が勝ち残るのか、ミサイル事件の真相。このような謎を続々と出しては消えてを繰り返して物語は進んでいきます。ミステリー要素も含むので推理物が好きな方にもオススメです。

 

2.主人公が魅力的

 東のエデンの主人公は滝沢朗という恐らく22才くらいの青年です。しかし、この名前と年齢は彼の本当の名前と年齢ではないのです。そもそも、滝沢朗はしょっぱなから(初登場時)全裸で拳銃を持って登場します。ここだけを切り取るとかなりぶっ飛んだキャラクターに見えますが滝沢朗がこのような登場の仕方をしたのにはちゃんと理由があるのです。それは物語の最後の方に明かされます。滝沢朗の何が魅力的かというと、彼はとにかく飄々としており前向き思考で行動的なのです。このようなキャラクターを私は初めてみたので見た時はその魅力におもっいきり、ハマりました。ヒロインは森見咲というのですが、咲ちゃんと滝沢朗のやり取りがとにかく良いのです。少女漫画、恋愛漫画のような要素が少しだけあるのですが少女漫画、恋愛漫画よりも遥かにさっぱりしていて見ていて気持ちが良いのです。ロマンチックなのにさっぱりしているんです。物語の中でミステリー要素や恋愛要素が絶妙なバランスで展開しています。なので雰囲気が重くなりすぎず、軽くなりすぎていません。女性が見ても楽しく見れるアニメです。

 

3.現代社会の問題の痛い所をついてくる

 東のエデン現代社会の抱える問題を描いています。アニメの中に私達に実際、起こっている問題を描いて私達に突きつけてきます。例えばリーマンショック後の状況に近い、大学生の就職活動、上がりを決め込んだおっさん達、地域再生、性犯罪、非正規雇用の問題、警察組織、官僚組織の問題点、日本の停滞感、希望の見えなさ等々を描いています。現実とアニメの世界には似ている部分がたくさんあり、このアニメは日本の抱える問題を視聴者に突きつけているのだと考えられます。アニメの中にあるセリフに「会社の大人達は私達若手をいいように扱って自分達だけ上手くやろうとしている」「主人公はあなた達です、ってセリフを聞いて自分の第1志望だった会社を辞退しちゃったの」というセリフがあるのですが就活生の葛藤や社会の理不尽がこれでもかというくらい描かれています。「ミサイルを落とさなくても日本は死に向かっている」私はこのセリフを聞いて考えてしまいました。現代社会の問題点や理不尽さを訴えてます。 

  東のエデンの魅力は主にこの3つだと思います。もちろん、まだまだこの作品にはたくさんの魅力があります。例えば、咲ちゃんの大学のサークル仲間だとか。日常に退屈している方になかなか刺激になると思うのでオススメです。

 

 

 

Attack on Titan season2 Episode 30 Historia

 I want to introduce Japanese animation. This animation is Attack on Titan.

If you have never seen it, I want you to see it. But I not native English,so I guess there may be strange expressions but do not mind reading it.

This animation`s story is strange and scared. But one you start seeing it you want to know the development of the futur. It is attractive to that extent.

 

  1. Unreadable expanison
  2. The freshness of people being eaten
  3. How to fight against overwhelmingly strong enemes.
  4. Character is attractive
The finish introduce this animation. Next talks about impressions of episode30.
This episode made me faint. Because I knew the sad past of Yumil and Krista.  Especially Krista`s past seems to be hard. She`s son of a concubine. She is likely to be killed but will be save. This has conditions, which is to throw away the name. Kirsta`s real name was Historia.
Krista`s friend Yumil said. When you know my secret you should live with a real name. Yumil revealed identity. She was a giant. 
People who want to know more about this episode want to see.  Attack on Titan has season 1.  If you have not  seen  this animation I recommended to see it  from season1.
 

 

実写版 美女と野獣をみた感想 

言わずとしれた名作である美女と野獣。そんな美女と野獣が実写映画になるとのことで見に行きました。まだ見ていない人の為にお勧めのポイントを紹介します。ネタバレが嫌な人は見ないでください。

  1. 圧倒的な映像美
  2. トーリーは何回みても飽きない
  3. ベル役がぴったり
  4. 音楽が素晴らしい
1.圧倒的な映像美
美女と野獣はアニメの作品として知られています。アニメが実写化をするとがっかりするパターンが多いのですが今回の映画はがっかりさせられることはないと思います。
まず、野獣はもちろんCGかなんかで作られているの思うのですが見ている分にまったく違和感がありませんでした。そして、この作品は人間が家具にされていまうのですが家具がなんとも生き生きしていて本当に存在しているかのようでした。特にお勧めなのが家具達が歌うミュージカルシーンです。なんと家具が踊ったり歌ったりするんですよ。なのに映像はまるで生きているかのように自然で、これはすごいと思いました。3Dでも見てみたいです。この作品は服装もアニメ版を忠実に再現をしているのでディズニー版の美女と野獣を知っているかたでも違和感なく見れると思います。
 
2.ストーリーは何回見ても飽きない
美女と野獣が人々に愛される理由の1つでもあります。映画を見たことがなくとも、なんとなくどんな話なのか想像できる方が多いのではないでしょうか。実は私もストーリーをだいたい知っていたので実写版を見ても面白くはないのではないかと思っていました。しかし、やはり実際に見ると引き込まれました。この映画のテーマは人を外見で判断するのではなく中身で判断すること。愛すること。外面に騙されるのではなく内面つまり本質を見抜くことが大事というテーマなのだと勝手に思っています。だからこんなにも知られている物語なのに今、見ても新鮮で惹きつけられるだと思います。
 
3.ベル役がぴったり
これはベルを演じるエマ・ワトソンが有名だからという意味ではなく、彼女が無名の女優さんであっても同じことが言えると思います。アニメ版の美女と野獣のベルが一番、みんなの想像するベル像だと思うのですが本当にまんまベルでした。外見もそうなのですがハリー・ポッターの影響なのか真面目で本が好きで聡明というイメージがあるので違和感がなくベルとして見ることができました。有名な役の方が頭にちらついてしまうということが一切、ありませんでした。
 
4.音楽が素晴らしい
ミュージカル仕立ての作品です。聞きなれた音楽が流れるので大変、ワクワクします。この作品のミュージカルパートはくどくなく、聞きやすく見やすいです。印象に残ったパートはやはりベルを村の人々が美しいけど変わり者と紹介するパートとベルが野獣の城について初めての夜食を取るときに家具達が歓迎をするパートです。あと、吹き替え版も、もちろん良いと思うのですが臨場感や演じた役の人達の呼吸をより感じられるのは字幕版なので字幕版をお勧めしています。
 実写版は見ても損やがっかりをしないくらい素敵な作品になっていると思います。美女と野獣を見たことがない人、知らない人はもちろん見たことがある人も皆が楽しめて新たな発見のある作品だと思います。*すべて個人的な意見や感想です

アニメACCA13区監察課 -1から12話をみた感想ー ネタバレあり

ACCA13区監察課は漫画が原作の冬アニメです。実は今年の冬アニメでは一番楽しみにしていました。今回はACCA13区監察課の魅力はなんなのかを紹介していきます。

  1.  海外の昔話の絵柄のようで優しい世界観を出している
  2. 派手なアクションはないが水面下の人間同士の駆け引きが見られる
  3. 食べ物が美味しそう
  4. 登場人物が大変、魅力的

とこんな所です。

1.海外の昔話の絵柄のようで優しい世界観を出している

 これは絵柄を見て頂けると分かるのですが絵柄が独特です。個性的なのですが優しいタッチで人やモノが描かれているので不思議な感覚になります。

2.派手なアクションはないが水面下の人間同士の駆け引きが見られる

 これはACCAという組織から説明します。そもそもACCAというのはドーワ王国の13区の地区を統治をしている組織のことです。イメージ的にはアメリカ合衆国が近いと思います。各州ごとに法律が違ったりして独自の自治権が認められています。なのですがACCAの13区はアメリカの州ごとに法律が違うレベルの違いではなく、そもそも風習や文化や人種や環境がほとんど異なり様々な個性をもっています。それを取りまとめているのがACCAなのです。そして、各区にもACCAの支部が存在するのでこの支部を不正がないかどうかをチェックする仕事を監察課が担当しています。実は主人公の仕事でもあります。物語の中でACCAがACCA廃止を詠う次期国王クーデターを企てるという噂が立ち始めます。この流れに巻き込まれていくのが主人公のジーン・オータスです。実はこのジーンとその妹であるロッタはドーワ王国の第2王女の血を引く子供達だったのです。

 そしてこの事実とクーデターを利用してACCAの5長官の一人であるフラワウ区出身のリーリウムがドーワ王国の乗っ取りを企てることとなります。結果的には失敗して、フラワウ区は独立しフラワウ王国となってしまいます。そしてジーンとロッタは国が変化をするが2人は変わらぬ生活を再開することとなります。こんな感じで人間の駆け引きもなかなか面白いです。

3.食べ物が美味しそう

 この作品は本当にスイーツやパンがとく出てきます。なんといっても登場人物達が頻繁にスイーツ店やパン屋に行って、買っていたり食べていたりするのでとても美味しそう。特に印象的なのは食パンですかね。出てるだけではなく魅力的に描かれていてリアルタイムで見ると思わず食べたくなってしまします。

4.登場人物達が大変、魅力的

これは言うまでもなくキャラクターが魅力的でした。なぜだかこの作品の中には悪者がいないのではないかと思ってしまうくらい、悪役までもが魅力的でした。悪役側にも悪役側なりの信念があってりするのでなにが悪で正義なのかは判断が難しいのですが今作ではACCA5長官の1人のリーリウムでしたね。彼もまた普段は優しそうな口調、態度なのに本性は冷徹で強いところが見え隠れしていました。一筋縄ではいかないキャラクターです。また主人公のジーンもまた、なにを考えているのか分からないキャラクターです。普段はボーッとしているように見えて、実が優しくていろいろ考えていて人間味のあるキャラクターなのが分かります。その妹のロッタもまたスイーツ好きで可愛らしい女の子です。素直で人懐っこい。レイルが恋に落ちるのも理解できます。

女性キャラクターではモーヴも仕事が大変できる女性なのに優しく、かつ凛々しい。女性としてもリーダーとしても頼りになるキャラクターでかっこいいと思います。

グロッシュラーにもすっかり騙されました。初めのうちは怪しさ満点だったのが実は悪者ではなくACCAのことを真剣に考えているやさしいキャラクターでした。

忘れてはならないのがニーノ。ニーノはジーンの高校からの友人であり悪友です。しかしニーノは父の仕事である第2王女の子供達の監視、写真を撮るという役目を担っていました。その為、ジーンが生まれる前からニーノとニーノの父は第2王女とその子供達を監査をしていたのです。でも、2人はそれだけの関係ではなく本当に友人となり深い絆で結ばれているのです。なのでニーノは一連のクーデターがおじゃんとなり役目が終わったにも関わらず、ジーンの所へと戻ってきたのでしょう。

 まだまだたくさんの魅力的なキャラクター達がいるのですが長くなってしまうのでここまで。

 

感想   アニメの1から12話をまとめての感想。穏やかに始まって穏やかに終わった。確かに途中でジーンやロッタが暗殺されそうになったりはするのですが基本的には穏やかな雰囲気です。なぜでしょう、この作品の内容自体は殺伐としているはずなのにこの作品ではそれを感じさせません。個人的にこの作品の雰囲気が好きでした。音楽もレトロちっくだったりJAZZ風味の音楽が良い味を出していたと思います。もちろん作品の雰囲気だけではなく内容も好みです。特に人同士の駆け引きは遠くから見ていて面白いです。あと最後の最後にアーベントの正体に驚きました。クーデターの収め方もどうするんだろうと思っていたので2度、拍子抜けしました。なにがともあれ、フラワウ区が独立してしまったものの平和な生活が維持できてよかったです。3か月間、楽しませていただきました。本当に素敵な作品でした。

 *個人的な見解、感想です

 

NO.6 3巻を読んで考えたこと

*ネタバレが嫌な方は読まないでください

   NO.6とはあさのあつこさんが作者の小説です。バッテリーが主な代表作としてあげられますね。

 そしてNO.6はそんなあさのさんが描いたSF作品と呼べる小説です。

 主人公は紫苑とネズミという名前の2人の少年です。この2人を中心に本作は進んでいきます。 

 紫苑とネズミは境遇が全く違います。まず紫苑はNO.6と呼ばれる都市の中でエリートと呼ばれる存在でした。物語が開始時、つまり1巻のときは12歳でしたが3巻では17歳くらいです。その1巻の時にエリートだった紫苑が犯罪者としてNO.6内を逃亡していたネズミを紫苑が助けることとなります。この時もネズミは12歳ですね。不思議な出会い方をした立場も境遇も異なる2人。紫苑はケガをしていたネズミを受け入れ、ケガを治療し匿うことにしました。しかし、これが原因で紫苑はエリートの資格を剥奪されクロノスと呼ばれる高級住宅街からロストタウンと呼ばれるクロノスと比べ格が落ちる街へ追われました。母と紫苑はこのクロノスで不便ながらも毎日をイキイキと楽しく暮らしていました。そしてとある事件が起き、紫苑はNO.6の中の犯罪者認定を受けてしまいます。その後、治安局または矯正施設?(のどっちかだったかな)に連れて行かれそうになります。そこをネズミに助けられ、NO.6の外である、西ブロックと呼ばれる場所でネズミと暮らすことになります。この西ブロックがまたとても厄介な場所で今まで徹底的に管理されていたNO.6とは間逆の環境でした。一言で言えば治安がとても悪い場所。そこで紫苑は今までにしたことのない経験をしながらNO.6で生きることにしました。 、、、ここまでが1.2巻のお話です。

 3巻では少し話が進みます。紫苑の親友である、サフと呼ばれる少女が矯正施設に連れて行かれてしまったことを知ったネズミはこのことを紫苑に話すべきか非常に悩みます。なぜならば矯正施設とは一度、入ったら生きては戻ってこれない場所とされているからです。(実は1巻のネズミはこの矯正施設から逃げてきた)しかし、紫苑はある店でサフがお気に入りのコートを偶然、発見してしまいます。そしてサフが矯正施設に連れていかれたことを確信して1人で助けに行こうとします。しかし、紫苑がこっそり抜け出したつもりがネズミにはバレてしまいます。2人は殴りあい、語り合い、和解し、理解し合います。そして、2人で矯正施設へ乗り込むことを決意します。、、、という所で3巻は終わります。 

  このNO.6という作品はとても極端です。NO.6内では飢餓がない、治安も良い。だが裏がある都市として描かれています。そして外の西ブロックでは飢餓が存在し、治安も悪く、死がいつもつきまとうような場所として描かれています。管理されている社会や人々はその中にいると管理されていることには気がつかない。飢えることもしらず疑問を抱くこともせず、ただ従うだけ。その上、NO.6を批判するものに対して徹底的に排除をしようとする。とても恐ろしい世界です。一方、西ブロックでは管理されておらず、無法地帯。明日のご飯にもありつけない人々が潜在し、道端で餓死することも珍しくない。しかしそこにいる人々は生きることにとても貪欲である。私個人としてはもしも、どちらかを選ばなけばならないとしたら西ブロックを選ぶと思います。なぜならば環境が厳しくとも、人間らしく誰にも管理をされずに生きることを望むからです。考えることも許されない都市は正直、怖いです。

 NO.6は世界観が興味深いです。そして対比されるNO.6と西ブロックの違いが面白いです。これは現実世界にもありえる話です。日本はとても平和な国ですが、一方で北朝鮮イラク、シリアのような国も存在します。餓死や戦死が存在する国はまだまだあります。現実に当てはめて読んでいくのも中々、面白いのではないでしょうか。  

 *すべて自分の勝手な考察と感想です

映画 沈黙ーサイレントーをみて感じたこと

 

沈黙ーサイレントーをみて感じたこと 

  1. 神は本当に存在するのか天国もまた本当に存在するのか
  2. キリシタンを迫害する側である、幕府の言い分がごもっとも
  3. 江戸初期の長崎下でのキリシタンの迫害がむごい

この沈黙という映画は江戸初期にキリスト教の信仰が禁止されキリシタンの迫害が行われている長崎にポルトガルの聖職者・聖教師の2人が彼らにキリスト教を教えた先生が棄教したとの連絡を受けてその確認をする為、長崎にも向かうことになるというお話。このポルトガル人の2人の聖教師はマカオで出会ったキチジローという日本人男性を案内役に迎えて日本の長崎を目指した。しかしそこで彼らがみたものはキリスト教を信仰しているだけで迫害されていく日本のキリシタンたちである。当時の日本のキリシタン達は村ごとに幕府の目から逃れるように隠れてキリスト教を信仰していた。しかし2人の聖教師が異国でもキリストの教えで人々を救えることを感じていたのもつかの間、村が幕府側にキリスト教を信仰しているとバレてしまい4人の人間が踏み絵とキリストの十字架につばを吐くことを命じられる。しかし踏み絵を踏むことができなかった3人。(キチジローがこの4人の中にいたが彼は両方できた。だが彼は前にも自分の命を救う為に踏み絵を踏んだことと自分以外の家族は踏まなかった為、処刑されてしまい、結果的には裏切る形となり罪悪感を抱えることとなる)このつばを吐くことができなかった3人は十字架に縄で括り付けられてそのまま海で亡くなるまで放置され続けた。この様子をポルトガルからきた2人の聖教師は影から見守る。聖教師はこのような目にキリシタンが合うたびに神はなぜ沈黙をしているのかこのような苦しみや苦悩を与えているかを考え悩む。どんどんどんキリシタン達が踏み絵を踏んでいかない為、拷問にかけられたり、処刑されたりしていく。だが聖教師はあくまでキリスト教の信仰と信者を見捨てない。しかし最終的に幕府に捉えられてしまい棄教することとなる。その上、キリスト教を聖教師に教えた先生が実際に棄教し、日本名を名乗り日本人の女性と結婚していた。彼はかなり変わり果ててしまった。この様子をみた聖教師は大きな衝撃を受ける。

 一方、幕府側がキリスト教を禁止し迫害する理由が存在する。日本は沼地のような国でキリスト教の教えが浸透しないこと、日本人は昔から自然に神を見出すこと、江戸時代の日本において鎖国をしていた日本にとってキリスト教は国内の治安や政策や統一をするにあたり邪魔になると考えらていた。そしてやはり仏教神道が主流の国であるのでキリスト教は邪道であった。まだ理由がありこれは作中でキリシタン達を拷問する井上さまの言葉であるが4人の女性が喧嘩をし争いを起こしていたから城から追い出すことで平和を取り戻すこと。これはつまり日本にやってきて喧嘩をしているオランダ、イギリス、ポルトガル、スペインを追い出し平和を取り戻す。その一環でキリスト教の信仰を禁止しキリシタンを迫害しているとのこと。しかもキリスト教を信仰していたとしても踏み絵を踏みさえすれば自由の身になる。あくまで形式的に踏み絵を行っていることが分かる。

だが聖教師は拷問で苦しむキリシタン達とキリスト=神はここでもなぜ沈黙をしているのかと問い続ける。

 私がこの映画を見て感じたのは迫害する側もされる側もどちらも悪でもなく正義の味方でもないということ。キリシタン達は自分の信仰を守ってきただけ。幕府も日本という国を守る為に行ってきていること。どこの国にも歴史を遡っていくと異教徒の迫害の歴史があるものだがこのようにして自分の国で実際にこのような迫害があったことは教科書に中でも知識ではあっても映像で見ることはなかなかない。なかでも切なかったのはポルトガルからきた聖教師が処刑されていき拷問されていくキリシタン達をみてなぜ神は彼らを救わないのか神など天国などないのではないかと葛藤している場面である。2人いた聖教師は片方がキリシタンを救おうとして海で亡くなりもう片方は棄教を形だけしているが心の中では亡くなるまでキリスト教を信仰していたという最後である。その間、キリスト教の教えを否定する文を書かされたり踏み絵を定期的に行うなど完全に棄教しているかの確認を国は行い続けた。私達が教科書で読んで終わってしまっている歴史がまだまだあると思ったのでもっと歴史について知りたい感じた。

 映画の作りもものすごく日本的で劇中にはほとんど音楽が使用されていいなかった。だから静かな印象を受ける。でも緊張がずっと続いている。江戸時代は本当にこうだったのかもしれないと思いながら見ることができる。そのくらい世界観が徹底されていた。だけど拷問シーンや残酷な処刑シーンがあるのでこういうのが苦手な人は見るべきではないと思います。

 見た人にはとても考えさせられる映画になっています。

*自分の勝手な意見です。

 

 

 

 

 

 

 

映画 虐殺器官 思考は言葉によって規定されない

 映画 虐殺器官は今年の2月から公開されました。もともとはイトウプロジェクトの第1弾として2年くらい前に公開される予定でした。しかし、制作会社の倒産により一時期、制作が中断されて新しくできた制作会社が受け継ぎ、制作を再開、そして公開に至るという大変な道を歩んできた作品です。

   主人公がクラヴィス・シェパード。アメリカの軍人で彼はテロ対策部門に所属しています。彼の仕事は虐殺や紛争が起きている国に向かい、潜入をし、虐殺や紛争を引き起こした人物を暗殺することでした。この世界観のアメリカは9.11の影響によりプライバシーの管理が厳しい国になっています。テロに怯えなくて済む引き換えに自由やプライバシーを差し出しています。その一方で発展途上国と見られる国では次々と虐殺が引き起こされているのです。

 この虐殺を引き起こしているのがジョン・ポール。彼はもともと言語学者であった。しかし、ドイツのホロコーストを引き起こしたヒトラー時代のメディアを調べていた所、彼はある文法を見つけたのです。それこそが虐殺を引き起こす虐殺の文法だったのです。彼はこれを利用して虐殺を引き起こしていた。

 アメリカといった先進国ではピザが食べたい時、ピザをたらふく食べて残したまま捨てることができる。Amazonで注文したい時、いつでも頼めことができることが当たり前であり平和の象徴であり、人々が守りたいと同時にジョン・ポールが守りたいものであった。その為、アメリカといった先進国にテロリストから目を逸らさせる目的でテロを起こす危険性のある国に虐殺や紛争を起こした。なぜならば自分の国に目を向けさせればアメリカや先進国は目に入らなくなるからだ。彼が虐殺の文法を使用しこれらを起こした理由はジョン・ポールの過去にあった。   

  私はこの作品を見て衝撃を少し受けた。どうしてかというと世の中の当たり前を突き付けられたからだ。人間は見たいものしか見ない。確かに人は見たいものしか見ないしそれ以上は求めない。そしてどこかの小さな国で虐殺が起きても誰も知らない、気にしない。こういうことは私達の現実にも存在する。私達の平和的な暮らしは様々な地獄が下にあって成り立っている。こういうことを再確認させられた。今こうして生活をしているのが不思議な感覚である。 

 もう1つ、この作品で気になったのは言葉のこと。映画内では思考は言葉によって規定されないというセリフがある。しかし、本当にそうなのか、私達の思考は言葉によって規定されている所があるのではないかと思った。私達は普段、テレビからの情報をそのまま受け入れて自分の思考に取り込んでいる。学生時代であれば授業中に先生から学んだことはそのまま覚えて私達の思考として定着していく。これは全部、人の言葉で伝わる。場合によって思考が言葉によって規定されてしまうことがあると思った。

 映画を小説と比較してかなり削られているのが分かった。だけどこの作品を映像として見れただけでも嬉しかったから気にならない。でも細かい主人公の心理描写やヒロインであるルツィアを好きになる過程や主人公の母との話等々を知りたい人は小説をお勧めします。

 かなりのテーマがこの作品には散りばめられています。テロ、倫理観、人間の思考、言葉、意識、、、なにが正義でなにが悪かは分からない。ジョン・ポールが悪に見えるけど実は直接的には人を殺めていない、あくまで間接的に。だけど主人公はたくさんの人を直接的に殺してきた。立場は違うのにどこか似ているという対比が良かった。

 小説では主人公が最後にジョン・ポールの約束を受け継ぎ、アメリカで虐殺の文法を使って虐殺を引き起こすのだけど映画は結局、どうなったのか分からなかった。あのあと、どうなったんだろう?

すごくテーマが難しい作品だったけど考えさせられることが多いので見て良かったです。

 SFが好きな人とグロテスクな表現が大丈夫な人と世界の虐殺と紛争に詳しい人にお勧めです。 

 *すべて、自分の勝手な意見や推測です。

 

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